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彼女の誕生日の夜、宅配便が届いた。 もう居ない、君から。 中身は、前に一緒に聞いたfake Rainのアルバムと、メッセージカード。 依頼日は、君が居なくなった日。 配達予定日は、今日。 最後の最後までお節介な君の優しさに、彼女はまた、泣いていたよ。 まりあさんへ お誕生日おめでとうございます。 きちんとお誕生日に到着していますか?出掛けていて、不在連絡票がポストの中に入ってた、とかだったら嫌だなぁ。 プレゼントは、以前先輩に借りてまりあさんちで聴いたCDです(もっと聴きたそうな顔をしていましたよ)。 奮発してしまったので、次回の俺の誕生日は期待しています。半分冗談です。 何はともあれ、それを聴いて気合を入れて、早く茨さんと仲直りして下さいね? 夏休み明け、茨さんの居るまりあさんちへ遊びに行くのを楽しみにしています。 それではまた、始業式の日に。 燥一 命をあげる 赤いワンピースを着て、彼女は椅子に座っていた。 ぴんと伸びた背筋、腿の上に重ねた白い指先、くっきりと浮かび上がった鎖骨。 その細い肩に指を滑らせたい、という衝動を押し込めると、彼女のグラスへシャンパンを注いだ。 「・・・お酒?」 「うん、そうだよ」 この日の為に新調したシャンパングラスが、照明の温かな色を弾いて輝く。 テーブルの上には、デミグラスソースをかけたハンバーグ、マッシュポテト、ニンジンのソテー、シーザーサラダ、コーンスープ、クロワッサン。 一昨年の誕生日に彼女の好きなものを網羅するべく料理を作りすぎた時、食べきれないから次からは少し抑えて、と言われてしまったのだ。 だから今年は、彼女の好物の中でも上位を争うハンバーグをメインにした訳だけれど。 喜んでくれるだろうか? そんなこちらの心配を余所に、彼女はシャンパンの注がれたグラスをじっと見詰めていた。 小さな泡がのぼっては消える、その様子を眺めているようだ。 「さ、マリ、食べよう?」 「うん」 「まずは乾杯ね」 「うん。でも、お酒を飲んでも良いの?」 「十八歳で成人の国もあるから」 そう言ってグラスを右手に持ち、彼女の方へ掲げてみせる。 すると、一瞬躊躇った彼女も、グラスを手にしてこちらへ差し出してきた。 「お誕生日おめでとう、マリ」 カチン、 グラスがぶつかり、高く静かな音が響く。 示し合わせたように開け放った窓から一陣の風が舞い込むと、カーテンを揺らしていった。 ソファへ深く座った彼女の頬は、アルコールに慣れていないせいか、うっすらと赤くなっていた。 それに苦笑してコップに注いだ水を渡す。 素直に受け取った彼女はそのまま一口飲むと、小さく息を吐いた。 「酔っちゃった?」 「んー・・・」 曖昧な返事に不安になって、コップをすぐに回収する。 そしてソファテーブルへ静かに置くと、自分も彼女の隣へ座り、そっとその頬へ口付けた。 彼女はくすぐったそうに身を捩ったから、くすくす笑ってそのまま腰へ手を回して後ろから抱き締める。 そうして腕の中に閉じ込めたその体温は、やはりアルコールのせいだろう、常より少し高かった。 「マリ、あのね、毎年伝えてるけど、生まれてきてくれてありがとう」 耳元で囁くと、彼女は一度だけ頷く。 それに満足して、抱き締める腕に力を篭めた。 床に置いたCDラジカセから流れるのは、いつかの晴れた空の青い日に聴いた曲。 もう居ない君に幸せを願われた僕の歌は、新しい喪失を抱えた心へやけに響いた。 「しあわせに、だってさ、イバラ」 彼女の頭が僕の胸に凭れ掛かってくる。 それに切ない幸福を想いながら、そっと黒髪を指で梳いた。 「いっくんも、そう思ってくれているのかな」 問う訳でもなく、呟く。 そして彼女は否定も肯定もせず、時折メロディーラインを鼻歌でなぞった。 紺碧に沈んだ街は、それぞれの家の灯りに照らされている。 間接照明だけを点けた部屋からそれを眺めるのはいつだって綺麗で、あの中に自分の為の灯りがない事に寂しさを抱きつつも安堵した。 自分の帰るべき場所は、もう、此処しか無いのだ。 彼女から腕を外し、そっとポケットから取り出したものを右手に握りしめると、再び腕を回した。 作った拳の中に、何かが入っている事に気付いたのだろう。 彼女は首を動かして、振り向くように僕を見上げてきた。 大きな瞳が、これは何、と無言で問い掛けてくる。 その答えに、一瞬詰まった。 本当に、本当に。 これを渡しても良いのだろうか。 けれど、けれど。 もう、決めたんだ。彼女のいる場所が、最後の場所だと。 気付かれないよう息を呑み、そして常と変わらぬ声で答えた。 「お誕生日プレゼント」 その言葉に呼応して、そっと手を開いた。 其処にあるのは、小さな瓶。 南の島で売っている星の砂を詰めたものより、少し大きいそれに入っているのは、折り畳んだ紙が一枚、それともう一つ、赤い球。 指先でそれに触れた彼女は、小さく首を傾げた。 「受け取って?」 此れが何かも言わずに。 それがずるい事も分かっていたけれど、拒絶されるのがひどく恐ろしかった。 だから、彼女の指先が瓶を掴みその手の内へ納めるまで、じっと待つ。 その意図を知らない彼女は、ほんの少し躊躇ったものの、親指と人差し指で瓶の底と蓋を摘み、それを光に透かした。 「・・・綺麗」 暗く色をした赤い球が、光を通されて輝く。 それに目を細めた彼女の顔を見ないようにして、再び後ろから抱き締めた。 そして、言う。 「それは、僕の命」 もしかすると、彼女は明日、この話を忘れているかもしれない。 それならそれで、構わなかった。その為に、シャンパンを用意したのだから。 ワンピースの細い肩紐が引っ掛かる肩へ顔を埋めた。 その体温に泣きそうになりながら、言葉を続ける。 「マリに、持っていて欲しいんだ」 くぐもった声。 そうして紡いだ言葉の全てを、彼女は最後まで黙って聞いていた。 「それはね、」 いつの間にか、二人してそこで眠りに落ちていたらしい。 浮上した意識が最初に認識したのは、腕の中の体温。 けれど服に包まれず剥き出しになっている首筋や肩は冷えていた。 瞼を上げて、次に天井を確認する。 闇に浮かんだ白いそれはいつもと同じ様子だ。 そのまま視線を下にやると、そこには瞼を落とした彼女の顔があった。 再び一緒に暮らすようになってから、彼女は何かと自分の傍を離れようとしなかった。 また何処かへ行ってしまうのではないか、心配していたのだろう。 その姿がとても愛しくて、けれど本当にそれで良いのか、と幾度も問いたくなった。 けれど、そんな葛藤も、もうおしまい。 全てを彼女に委ねたから。 「ごめんね、本当にずるくて」 そう言いながらも、額へそっと唇を落とした。 そしてもう一つ用意したプレゼントをポケットから取り出し、空っぽの彼女の左手を手に取る。 「プレゼントがあれだけじゃ、申し訳ないから」 小さくそう言って、黄緑色の石が嵌った銀色の指輪を、その小指へ嵌めた。 「お守り」 これ以上、彼女が何かを失わないように。 例え、自分が消える日が来たとしても。 その手を口元へ運び、そっと小指へ口付ける。 「お誕生日おめでとう、マリ。それから、」 窓の向こうに広がる、藍色の空を見詰めた。 「マリを生んでくれて、ありがとう。ユリさん」 返事をするように、風がまた一つ、カーテンを揺らした。 幸せに、どうか幸せに。 僕の祈りは、届くだろうか。 ・・・それはきっと、君しか知らない。 |