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君の祈りは、どうやら きちんと僕へ届いたらしい 幸せに、どうか幸せに それだけしか、分からないけれど きっと、そういう事だよね? 君の愛した世界は 最後まで美しかっただろうか それだけが、ただ心配で 君の願いは、まだ 叶えられずにいる 空っぽになったクローゼット 青いドレスが、まだ住んでいる もう少しだけ、此処に居て? 泣いてもいいよね 君の居ない世界は、それでも 何も無かったように、廻る 君の祈りが届き終わる頃 きっと僕は、幸せでいるだろう 誰かの隣で笑う僕を 君は笑って許すんだろうね 幸せでいるよ 幸せでいるよ 君の誕生日にだけ 世界中の誰より、君を想いながら それでも 君の面影を忘れる自分を たまにでいい、憎んでいいかい 世界と自分の残酷さには どうしようもなく絶望しているんだ こんな僕でさえ 君は笑って許すんだろうね 幸せに、どうか幸せに 僕の祈りは、届くだろうか タムケノコトバ 「どうですか?なかなか良いでしょ?」 問われ、素直に頷いた。 手に持ったCDのケースを表、裏、と眺めながら曲名を確認する。 それに合わせるように、狐モドキは静かに言った。 「タムケノコトバ」 彼が台所で、おやつのチョコレートフォンデュを用意する音がする。 カチャリ、と響く日常の音。 その上を滑るようにスピーカーから流れていたのは、狐モドキが先輩から借りたというCDだ。 ジャケットは、小さな青い花が幾つか散っているだけの写真に、シンプルな文字。 「フェイクレイン?」 「はい。最近はまっているアーティストです。バンドなのでテンポの良い曲もありますけど、こういうバラードが堪らなく良いんですよ」 「ふぅん」 弦を弾いたギターの音、ボーカルの少し掠れた低い声。 悲しい歌だけれど、心の柔らかい部分をそっと撫でていくような、とても優しいものだった。 「・・・わたし、この家に音楽を聴ける機械がある事にびっくりしたよ」 「そういえば、テレビも無いですもんね。音が無くて寂しくないですか?」 「別に、これが普通だから。窓の外とかキッチンから、何かしらの物音はするし」 狙っていたようなタイミングで、彼の鼻歌が始まり耳に届く。 知らない歌。けれど、なんとなく音が外れているのは分かった。 「イバラさん、ご機嫌ですね」 「チョコレートフォンデュ、好きだからかな」 「それにしても贅沢ですよね、平日のおやつにチョコレートフォンデュ」 くすくすと笑う狐モドキは、次の曲を奏で始めたCDラジカセのボタンを押して、音が鳴るのを止める。 そうして際立った彼の鼻歌。どうやら聴き覚えがあるらしく、狐モドキは、ああ、と呟いた。 「スタンド・バイ・ミーですね、きっと。もしかしてまりあさん、知らないんですか」 頷くと、わぁ、という小さな驚きの声が漏れる。 「線路づたいに死体を探しにいく映画の主題歌です」 「・・・そんなに物騒な曲なの?」 「いや、曲の方が先にあって、後から作られた映画の主題歌になったので歌詞は普通です。簡単に言うと、傍に居て、っていう」 「題名のままだけど」 「洋楽はどストレートですからね」 傍に居て。 そう思うのは、どういう時なのだろう。 首を傾げて、隣に座る狐モドキを見遣った。 きっと心に浮かんでいるのは、常々その口に上る「大事な女の子」なのだろう。 「どうしたんですか?」 「ううん。いっくんは、よく話してる大事な女の子にそう思うのかなって」 「まぁ、そうですけど。あ、やきもち妬きました?」 「違う」 「そんなにばっさり切らなくても良いのに」 今度は、苦笑。 狐モドキはくるくると表情を変えるけれど、それは笑顔の範囲で、だ。 本当に器用だと思う。 通常装備の笑み、苦笑、嘲笑、挑発する笑み、ふとした瞬間に落ちる微笑。 常に無表情である自覚があるから、羨ましくはあった。 そうなりたいと思う訳でもないけれど。 わたしがそんな事を考えていた間に、狐モドキも狐モドキで何か考えていたらしい。 白いソファの端と端。 胡坐を掻いてこちらを向いたその瞳が、悪戯げに輝いていた。 「まりあさんは、そう思う相手、居ないんですか?」 「いないよ?」 「わ、即答・・・茨さんは?」 「イバラ?」 「はい。まりあさんは、茨さんのこと、好きじゃないんですか?」 探るような言葉だ。 けれど、探られたところで、そこには何も無い。 「好きっていう気持ちを、多分知らない。それに、わたしがイバラに何かして欲しいと思うことは、無いよ」 「・・・どうしてですか?」 突然帯びる、真剣さ。 元より茶化すつもりはなかったけれど、きちんと答えるべきだと思ったから、天井へ視線を泳がせて言葉を考えた。 少し空いた間。 そうして口から滑りでた言葉は、言い切った後で、ほんの少しだけ無責任な気がした。 「わたしは、彼が要らないって言うまで、彼の為に生きるだけだから。他に存在理由を知らないから、その以外の事は、よく分からない」 けれど、本当に、彼に対する感情はそれ以上でも以下でも無い。 狐モドキが、目を軽く開いて驚く。 確かに、その反応は正しい。彼とママの契約を知らないから。 「・・・じゃあ」 「なぁに?」 「じゃあ、もしも茨さんがまりあさんの傍から居なくなったら。貴方は、どうするんですか?」 躊躇うように問われた内容は、幾度と無く考えた事だ。 いつわたしが要らなくなっても良いように。 けれど答えは、まだ出ていない。 「どうしよう、かな」 首を傾げた。 そのまま、視線を外して窓の向うを見詰める。 広がるのは、夏を控えた眩しい青。 「マリ、いっくん、準備できたよー!テーブルへどうぞー!」 キッチンから飛んできた声は、とても明るい声だった。 それに反応して静かに立ち上がり、食器類を運ぶ為にキッチンへ向かう。 目を逸らした瞬間、狐モドキがほんの少しだけ悲しい顔をしたのは、知らない振りをした。 「茨さん、俺も手伝います。何をすれば良いですか?」 勿論、狐モドキも知らない振り。 そうしていつもの顔で三人、ダイニングテーブルを囲む。 そこに在るのは、日常の風景だった。 夜。机に向かってノートを広げていたら、扉を静かにノックする音がした。 顔を上げて、木製の扉を見遣る。 「どうぞ」 そう告げると、水玉模様のマグカップを持った彼が部屋へ滑り込んできた。 そっとこちらに近付いてきて、くしゃりと微笑みながら手の中のものを差し出してくる。 「蜂蜜ホットミルクを淹れたんだけど、いる?」 「いる」 「はい、どうぞ」 手渡されたマグカップを受け取り、そのまま一口飲んだ。 口の中に温かさと甘さがふわりと広がり、知らずに入っていた肩の力が抜ける。 「おいしい」 「良かった。あんまり夜更かししないようにね?」 「うん。ありがと」 「どうしたしまして。それじゃあおやすみ、マリ」 彼はそのまま、静かに部屋を出ていった。 ぱたり。 扉が閉まり、置いてきぼりになった時の感情が過ぎる。 もう一口、ホットミルクを飲んだ。 デスクライトの温かな光だけが照らす部屋の中でその甘さが体に染みるのを感じたけれど、それを振り払うようにカップを机に置き、転がっていたペンを手に持った。 そしてノートへ視線を落とすこと、数十秒。 「・・・集中できない」 すぐに、投げ出した。 聞く者が居ない独り言をぽつりと吐いて、机の端に置いていた携帯電話を手に取る。 そうして弾き出すのは、数少ない登録アドレスの内、最も使うそれ。 to:pink_elephant @××.ne.jp from:oqo5558××××@×××××.ne.jp 誰かを好きになるって、どんな気持ち? 打ち込んだ言葉に、自分で驚いた。 けれど、反射で送信ボタンを押してしまったから、もう取り消すことは出来ない。 諦めて、携帯電話を元の場所へ置いた。 その手でデスクライトの電源を落とし椅子から立ち上がると、手探りでベッドへ潜り込む。 半分残ったホットミルクは、そのまま冷えていくだろう。 それが気掛かりだったけれど、目を閉じれば其処はもう夢の入り口だ。 「おやすみなさい」 その言葉は、誰へ向けたものでも無い。 漆黒の中、落ちるように眠った。 いつしか遠い所で、電子音が鳴った気がしたけれど。 それに手が届かない場所まで、再び沈んだ。 朝。 起き上がり、机の上に置きっぱなしだった携帯電話を手にとる。 案の定、一通のメールが届いていた。 無意識にそれを開いて、表示された返事を読む。 to:oqo5558××××@×××××.ne.jp from:pink_elephant @××.ne.jp 一緒に居たいという願い。全て奪いたいという欲望。優しくしたいその人の為に何かしたいと思う優しさ。幸せで在って欲しいという祈り。 以上、俺の大事な女の子のお兄さんの意見。 好きって要するに愛おしいってことでしょ? 以上、まりあさんに紹介した幼馴染その二の意見。その一は、大事な女の子のことですよ? 俺は・・・最終的に、その子を選んでしまう揺るぎなさ。でしょうか。 わざわざ、他の人間の意見まで聞いたらしい。 着信の時間は、深夜だ。 もう一度最初から読み、そっと携帯電話を置いた。 振り向くと、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。 「揺るぎ、なさ?」 分からない。 よく、分からない。 そっと窓辺へ歩み寄り、カーテンを開けた。 そこにあるのは、いつもと変わらない空の姿。 そしてまた、一日が始まる。 |