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口付ける。 探る。 奪う。 飲み下す。 あらがわないで、ためらわないで、こわがらないで 「マリ」 掠れた低音に呼ばれ、ゆっくりと寝返りをうった。 満月の光が、薄いカーテン越しに降り注ぐ真夜中、彼の声だけが鮮明に響く。 「マリ」 起きていることを示す為に、ゆっくりと瞳を開けた。 柔らかな闇、ぼやけた視界には、切なげな表情の彼が映る。 「ねむい」 返事は掠れたソプラノで。 もう一度瞳を閉じようとすると、こつん、と額に額があてられた。 軋むスプリング、狭いベッドの上。 力無く寝転がる体へ覆い被さった彼の体は、冷たく心地よいものだった。 「ごめん」 そう言うものの、退くつもりは無いらしい。 それで思い当たった。最近、あげていなかったこと。 カラカラ、カラカラ。 古い扇風機の回る音が、やけに耳へつく。 「いいよ」 素っ気無く言い、間近にある顔へ手を伸ばした。 そのまま右手で項、左手で頭を掴んで引き寄せ、口付ける。 躊躇いがちに、何度も唇を柔らかく啄ばまれた。 それがもどかしくて自分から深く口付ける。 強引に、自分の唾液が彼に流れ込むように。 カラカラ、カラカラ。 びくり、と、彼の体が一瞬震えた。 そして次の瞬間、深く深く、侵食してきた。 撫でられ、弄ばれ、噛まれ、吸われる。 奪うようなその口付けは、事実、奪われている。 「ふ、ぁ・・・」 苦しくて酸素を求め大きく開いた口へ、更に押し込まれる。 そして、摂られる。 自分の、命を。 カラカラ、カラカラ。 最後に強く吸われ、そして彼は離れた。 名残を惜しむように、そっと唇を舐められる。 脱力した体は、すぐには力が入らない。 それを知っている彼は、ベッドから落ちたタオルケットを拾ってこの体を包み、そのまま横へ寝そべった。 首の下へ腕が置かれ、抱き込まれる。 ぽんぽんと背中を叩くのは、あやしているつもりなのだろうか。 毎回聞きたいけれど、毎回眠気に負けて、聞けずにいた。 「ありがとう、マリ」 耳元で囁かれ、鳥肌がたつ。 けれど彼はそれを寒さのせいだと勘違いをして、抱き締める腕に力を込めた。 「お腹、いっぱいになった?」 「うん」 「なら、いい」 意識が、墜落する。 安寧を求め、深い深い闇の中へ。 「おやすみ、マリ」 掠れた低い声が、とどめだった。 口移しで生気を与えた次の朝、彼は必ずたっぷりと蜂蜜のかかったホットケーキとロイヤルミルクティーを用意する。 償いのつもりなのか、疲弊した体を気遣ってなのか、それはよく分からない。 けれど、大好物だから、結局は許してしまうのだ。 申し訳なさそうに躊躇う口付けも。 本能に負けて飢えを癒そうとする舌も。 抱き締めて安心させるよう寄り添ってくるエゴも。 「イバラ。ホットケーキ、もう一枚」 「はい、お嬢様」 ねだり甘えると、嬉しそうに微笑む紫の瞳も。 蜂蜜のついた唇を、彼が口付けで拭った。 それが当たり前になって、幾つの季節が過ぎたのだろう。 |