「お!かのっちー今日もお迎え来てるよ♪」
「やめてって言ったのに」
「いいじゃないーカッコイイお迎え!羨ましいなぁ!」


ねぇ、と頷きあう同級生達に肩を押され、渋々校門へと歩き出す。
そこに居るのは、黒くて大きいバイクに跨った全身黒尽くめのサクだ。どこのスパイだ、とつっこみたくなる。


私の姿を確認したらしい彼は、ヘルメットをとり、仏頂面で視線を合わせてきた。
そして、わざわざ買ったという私用のピンクのヘルメットを差し出してくる。


「ほらかのっち、行ってきなって」
「誰か私の代わりにバイク乗ってくれないかな・・・・・・」
「だーめ、何か理由があってお迎えに来てくれてるんでしょ?ほら、早く帰る!」


更に強く肩を押され、とうとう校門に辿り着いてしまった。同級生達はサクと挨拶を交わし、ばいばい、と手を振ってくれる。
それに応えて背中を見送ってから、渋々ヘルメットを受け取った。


「サク嫌い」


ここ数日の間に何度言っただろう。それなのにサクはいちいちショックを受けた顔をするから、ちょっと可愛いと思っている。





おねだの仕方






数日前から彼は外出している。
サク曰く、ソウイチだと思っていた男――茂という名前だそうだ――は恋人を殺したイバラに復讐をしたいそうで、放っておけないから追っているらしい。

捕まえてどうするのだろう。なんとなく、命を奪うのだろうなという予感はあった。
そうなってしまえば、バンシーが悲しむ。そうは思うけれど、では彼が苦しい思いをするべきだと思うかと言えば、それは嫌だ。そして私も死にたくない。

ああ、なんて我侭。いつだって、自分のことしか考えられない。


もう二度と誘拐されないよう、学校へはサクの送り迎えがつくことになった。
バイクに二人乗りは緊張する。けれど、落ちたら痛そうだなとどきどきしつつ、風をきって走るのは楽しかった


「ねえ、いつまでこうしてるの?」
「兄さんが戻ってくるまで」


サクの運転は丁寧で、私が振り落とされないよう曲がる時はひどくゆっくり走り、大きな道路以外では路地から人が飛び出してこないか慎重に左右を見ている。
自分の足で走る方が楽なんだろうけれど、明るい内から人間離れした脚力を活用する訳にはいかない。取り留めのないことを考えながら、後ろに流れる髪を押さえた。

駅からの坂も一気に駆け上がり、あっという間にマンションに到着する。お礼を言って地面に足をつけると、バイクを駐輪するのを待って、一緒に部屋へと向かった。


玄関扉の鍵はあいている。
ただいまと告げて靴を脱げば、リビングからヒバリの返事があった。おかえりなさい、おやつありますよ。まるで彼のようだけれど、ヒバリの方が声が高かった。

先に自室へいって着替えを済ませ、三人でおやつを食べる。ヒバリ用のものも買ったから、ダイニングテーブルの椅子は四脚になった。
以前は私と彼の分、そして予備にもう一つしか無かったものが、必要になって増える。それは、確実に昔と何かが変わったことを知らしめてきた。


「美味しい・・・・・・」
「本当ですか?良かった。おかわりあるので、夕飯が食べられる程度に沢山食べて下さいね」


ヒバリの作ってくれたバナナマフィンを頬張りながら、ぼんやりと思う。
とても平和だ。いつも通りの生活の中で、彼だけが居なかった。




彼から私を任されたということで、サクとその同居人は一時的に私と彼の家で過ごしている。
外出時は勿論二人のどちらかに付き添われたし、家の電話にあの男から連絡が無いか、常にチェックされていた。

携帯電話は流石に取り上げられなかったし、確認もされていないけれど、何か接触があればすぐに言うように、と言われている。
分かった、と返事はしてある。けれど、従う、とは言っていない。


当然と言うべきか、男からの連絡は早いうちにきた。
内容は簡潔だ。この条件さえ呑めば、イバラから手を引く、というもの。

提示されたのは、誰かが痛い思いをするものではなく、本当にそれで良いのかと思わず首を傾げるようなものだった。


当然受けるつもりでいる。
指定された待ち合わせの日時は明日に迫っており、一人で外出できるかどうか、それだけが問題だった。


そこで私は、唯一頼れる人に連絡をとったのだ。







「あらあらあら、いつもまりあがお世話になっております!」


翌日。ミルクに紅茶を溶かした色の着物を濃紺の帯できっちり締めた伯母様の勢いに、サクとヒバリは一歩足を引いた。


「イバラさんはお出掛けしているのかしら?まあいいわ、さ、行きましょまりあ」
「うん」
「ちょ、まっ」


行きましょという言葉に反応し、サクが慌てた顔になる。


「今日はまりあと夕食をとる約束なんです。明日は土曜日だし、勿論うちへ泊まっていくのよね?」
「うん。だから、今日は帰ってこないよ。それじゃあ行ってきます、サク、ヒバリ」
「あらやだ、自己紹介がまだでしたね。私はまりあの伯母で薊と申します。サクさんとヒバリさん、これからもこの子をよろしくお願いしますね」


嵐のような、とは、まさにこのことだ。
伯母様の勢いに完全に呑まれた二人を置き去りにすると、さっさと家を出て、マンションの前に停まる車へ飛び込んだ。

伯母様が運転手へ素早く行く先を告げ、すぐに発進する。
それを追うように外へ飛び出てきたサクが、ルームミラー越しに見えた。
辺りを素早く見渡し、まだ暗くないことに舌打ちをしたのだろう、バイクの駐輪場へと走り出す。


「ふふふ、楽しかったわね。これで良かったのかしら?まりあ」
「はい。ありがとうございます、伯母様」
「後は、追ってくる彼をまけば良いのね。なんだか映画のよう!まりあったらスリリングな生活を送っているのねえ」


くすくすと笑うその横顔は、瞳に心底楽しそうな光を宿していた。
それが不思議で、思わず問う。


「どうしてこんなことをお願いしたのか、聞かないんですか?」
「あら、聞いて欲しいの?」
「・・・・・・あまり聞いて欲しくないです」


遅れてきた反抗期?と可笑しそうに言い、伯母様はそっと頭を撫でてくれた。


「貴女ももう十八ですもの。自分の行動に責任が持てる、そうでしょう?それなら私は、まりあを信じて手助けをするだけよ」
「・・・・・・ありがとうございます、伯母様」
「それに、こうやってまりあからお願い事をされるの、とっても嬉しいんですもの。さ、頑張って逃げるわよ!」


頑張るのは私ですよ奥様、と運転手さんがすかさず言い、みんなで笑う。
今から自分を殺そうとした相手に会いに行くというのに、とても楽しかった。その勢いに乗って、もう一つのお願いを告げる。


「伯母様、実はもう一つお願いがあるんです」
「あら、どうしたの?何でも言いなさい、できることに限りはあるけれど」
「この後、電車に乗らないといけないのに、お金が無いんです・・・・・・貸して貰えませんか?」


あまりの気まずさに、目を逸らして言い切った。
ぱしん、と柔らかい衝撃が両頬に走る。それは伯母様の両手で、ぐいと上を向かされた。


「まりあ、そういう時はおねだりすれば良いのよ」
「おねだり?」
「そう。可愛い姪っ子に可愛くおねだりされたら、私、なんだって聞いちゃうもの」
「・・・・・・どうすれば良いんですか?」


それはね、と伯母様はウインクをする。
どこまでもママと正反対の人だ。だからママは、伯母様のことが好きだったに違いない。


「おばちゃん、お小遣い欲しいにゃん(ハァト)って上目遣いで言えば良いの」
「まりあ様、普通にお小遣い下さいで大丈夫です」


運転手さんがすぐに教えてくれなければ、伯母様の言った通りにおねだりする所だった。危ない。
了承を示す為にルームミラーへ向かって頷き、少し上目遣いというやつでお小遣い下さいと伝えた。本当に嬉しそうに、いいわ、何ならクレジットカード作っておく?と言い出す伯母様を宥め、無事に軍資金を手に入れる。


そうしてサクを適度にまいた所で予定通り地下鉄の入り口で降ろして貰い、さっさと人混みに紛れた。


落ち着いたら、もう一度お礼を伝えに、イバラと一緒に伯母様へ会いにいこう。
そう決めて、目的地へ向かう電車へと乗り込んだ。





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