はらはら、はらはら。
流れは、止まらない。






14 : 雪





雪が、舞い散る。
紺碧の夜空を見上げる彼女は、頬を赤くしてそれを睨み付けていた。


雪は、空から地面へ。
川は、上流から下流へ。
時は、過去から未来へ。


当たり前の摂理を、睨み付ける。
その様はひどく幼く、ひどく拙く、ひどく脆かった。


「…さむいや」


ぼつりと呟く、真夜中の公園の真ん中。
幼い頃からある桃色の像の滑り台に寄りかかると、足から力が抜けてしまいそうだ。

だから、堪えて足に力を入れる。
吐いた吐息は、白く白く、空気に溶けた。


「こんな所で、なーにやってんだか」


時計を見ると、午前零時、三分前。
今年から来年に変わるまで、残り三分。


こんなに寒い大晦日は、温かい部屋でみかんを食べながら、行く年来る年を観るべきだ。
それでも、ここに来ずにはいられなかった。


いつも三人で、年越しをした場所。
今年は一人で、年越しをする場所。


もう一度夜空を見上げると、変わらず雪がはらはらと落ちてくる。

止まれば良い。
雪も、川も、時間も。


途方も無い願いだというのは、知っていた。
知っているから、願わずにはいられなかった。


「…二分前」


首に巻いた青いマフラーに、口元を埋める。
夏に切り落とした黒髪が中途半端に伸びて、項をくすぐった。


来る訳が無い。
それなのに、願ってしまう。


会いたいよ。
ただ、それだけ。


「…一分前」


あまりの寒さに、くしゃみが出た。


「わぁ、大丈夫みっちゃん?!」


その瞬間、唐突にかけられた声。
それは少し離れた所からして、けれどすぐに駆け寄る足音が聞こえた。


ざく、ざく、ざく。
砂を蹴るのは、見慣れた運動靴だ。


「純南」
「はぁい、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜んっ」


名前を呼ぶと、現れた少女がウインクをしながら右手を額にあて、敬礼してみせた。
首を傾げて、栗色の髪がさらさらと風に泳ぐ。


紺碧の空と暗い地面の間、桃色しか無い世界が、ほんの少しだけ有彩色へ変化した。
静かだった空気の揺らぎ。
それが、彼女の口元をほんの少しだけ緩める。


「肉まんあんまんピザまん、どれがいーぃ?」


去年と同じ問い掛けに安堵して、去年と同じように肉まんと答えた。
けれど、去年と同じようにそれを阻止するあいつは居ない。


「はい、肉まんを献上致しましそうろうー」
「はは、謙譲語めちゃくちゃ」


笑って肉まんを受け取る。
それはひどく温かで、気温の無い公園では何か異物のようだった。


それに齧り付き、ふと時計を見る。
秒針は、既に新しい年の訪れを示していた。


「…純南」
「ふぁい」
「明けた、年」
「ふぁふぇまひへほめへとぉっ」
「うん。明けましておめでとう」


あんまんを頬張った幼馴染に苦笑して、自分も新年の挨拶。


「今年も、よろしくな」


肉まんを食べ終わったら、きっと近くの神社へ初詣に行くだろう。
そして、屋台で林檎飴を買い、食べながら帰るのだ。


去年と、全て同じ。
人数が足りないのは、知らない振り。




はらはらと、雪が舞い散る。
それは朝まで止まなかった。


はらはら、はらはら。
ただ、静かに。





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