「クレマチスだ」 06 : 風車 「んぁ?」 「クレマチス。ほら、あの紫色の花」 人差し指を伸ばして示すと、彼の隣を歩く友人もそちらに目をやり、あぁ、と呟いた。 「へぇ、そういう名前なんだ」 「って、教えて貰った」 「誰に?」 曖昧に笑って誤魔化す。 そうする時は深追いされたくない時だと知っているこの友人は、案の定それ以上は聞いてこなかった。 茶色に明るく染めた髪に、耳へ開けたピアス、着崩した服。 わざと選んでいるのだろうその外見に似合わない漆黒の瞳は、此方が触れて欲しくない部分を掠めた瞬間、聡く目を逸らすのだ。 自分の周りには、本当に不器用な人間ばかりが集まる。 そう思ったら、思わず苦笑してしまった。 「何笑ってるんだ?」 「いや、なんでも無いよ」 訝しげに顔を覗き込んできた友人に首を傾げて見せてから、もう一度空へ向かって背伸びをした紫色の花を見上げる。 季節外れの狂い咲き。 そう、あの花は、いつだって蒸し暑い初夏を思い出させた。 「で、どうして風車を持ってるんだ?」 「その友達が、欲しそうな顔してクレマチスを見ていたから代わりにって」 くすくす笑いながら、顔の前に持ってきた風車に息を吹き掛ける。 其れはからからと廻り、遠い昔を思い出させた。 不可解なものを見る目で彼女は彼の横顔を眺めている。 それを知っている彼は、目だけを動かし視線を合わせると、欲しい?と聞いた。 「そんなに物欲しそうな顔はしてないぞ」 「うん、知ってる。でも、一応社交辞令的に聞くべきかなと」 「社交辞令的に考えても、別に聞かなくて良いと思うんだが」 「それは失礼」 再びくすくす笑う。 そうして歩きながら風車を回して遊ばせ、それに紛れ込ませるように呟いた。 「名前は知らなかったけどクレマチスが好きで、咲いているのに気付くとよく眺めてたんだけどね。その時の俺はどうやら本当に欲しそうな顔をしてたらしくって」 くすくすと、笑いを強める。 「そうしたら、あいつは花火大会に行った次の日、屋台で買ったって言って風車をくれた」 くしゃり、と。 横で彼女の顔が崩れた気配。 「花弁が八枚のクレマチスは風車って言われてるから、これでも持ってればってさ」 そこで漸く体ごと彼女の方を向いた。 そして改めて、手に持っていた風車を差し出す。 「だから、瑞夏さんにあげる」 思い出を、またひとつ。 崩れた笑みを浮かべた彼女は、手袋に包まれた指を伸ばしてそっと風車を受けとった。 北風に晒されて乾燥した唇が、細く息を吐く。 すると風車は、当たり前にからからと廻った。 巡る季節の中で、あいつと俺が過ごした時間は春から初夏にかけての僅かな時間。 その中にある感傷を、どれだけ伝えただろうか。 それでも尚、傷口は乾かないままで。 |