「三日月の浮かんだ夕焼け空を見ると、迷子になった時の事を思い出すんだ」 05 : 迷子 町の中を走り回り、そうして漸く辿り着いた小さな神社。 そのお賽銭箱の裏に座り込んで、此処なら見つからない、と笑んだ。 真っ青な空の下、冷たすぎない風が髪を揺らす。 「純南、見つけられるかなぁ・・・」 鬼役の幼馴染の名前を呟きながら、彼女は欠伸を一つした。 誰も居ない神社。 午後の日が当たるその場所。 あまりの居心地の良さに、彼女は瞼を落とす。 そしてそのまま、すとん、と夢の中へ落ちた。 「・・・か!瑞夏!」 聞き慣れた声に呼ばれながら、肩を揺すられる。 無意識の内に瞳を開けると、彼女の視界に兄が映った。 「・・・兄貴?」 「あぁ、良かった。寝てただけ?何処か痛いとかは無い?」 「・・・んー、平気」 「まったく。かくれんぼするのは良いけど、純南ちゃんがまた泣きそうになりながらうちに来たんだからね?ちゃんと見つかる所に隠れてあげないと駄目だよ」 「んー・・・」 ほら、と言って差し出された手を掴み、彼女は立ち上がる。 長い間、狭い場所に丸まっていたせいだろう。体中が鈍く痛く感じたから、思わず伸びをした。 「ふぁぁ、よく寝た」 「まったく、瑞夏は昔から変わらないね」 そう言って苦笑した兄は、掴んだ彼女の手を離さないまま歩き始める。 後ろに伸びる影。 でこぼこの石段。 石の鳥居。 橙に染まった空に浮かぶ、猫の爪のような月。 「・・・で、兄貴はちゃんと家までの帰り道、分かるのか?」 「分からないよ」 「・・・っなんで探しに来たんだよ!」 「えー?だって、前もどうにかなったし」 慌てる彼女に対し、彼女の兄はへらりと笑って言った。 「大丈夫、夜には帰り着ける」 「っばかー!!」 血筋なのか、方向音痴の彼女と兄。 迷子になった彼らを探しにきたのは、いつだってあいつだ。 「もう迎えに来てくれる奴もいないんだぞっ」 勢いで言って、そして後悔。 その不在を思い知らされるのは、いつだって自分の些細な一言だった。 俯き黙ってしまった妹の手を引き、彼女の兄は歩き始める。 石段が終わり、今度はきちんと舗装された道路の上。 見上げる空は、電柱に囲まれていても広かった。 「僕がそれまで、迎えに来るよ」 ひどく優しい声で、言う。 「また、瑞夏を探しに来てくれる人が現れるまで。それが、せめてもの手向けだから」 彼女は一度、強く瞳を閉じた。 そうして滲んだ視界を知らない振りして、そして兄を見上げる。 「そんなに妹に過保護だと、結婚できないぞ」 「うーん、それは困るなぁ」 全然困った風ではなく笑う顔に、つられて彼女も笑った。 くしゃり、と。涙を堪えた後の瞳で。 「・・・ありがとな」 呟いた言葉は、知らない振りをされてしまった。 だからそれを聞いていたのは、空に浮かんだ三日月だけ。 「かくれんぼ、好きなの?」 「うん、好き。帰省する度に、範囲を町の全域にして幼馴染とやってる」 「・・・瑞夏さん、方向音痴だよね?」 「あぁ、そうだよ」 「・・・方向音痴なりの遊び方をしようよ?」 そう言った彼を振り向き、彼女は笑う。 「だって、絶対に迎えに来てくれるもん」 誰が、と。 お互い、言わなかったし問わなかった。 頭上には、猫の爪のような三日月。 本当に迎えに来て欲しい誰かの不在を、掻き消すくらい鮮やかな夕焼けだった。 |