修学旅行さえ、一緒に行けなかった。







03 : 空港





「あぁ、こんな所に居た」


展望台という名の屋上で、彼は頬を緩めた。
右手にはホットドッグ、左手にはペットボトルの飲み物を二つ。落とさぬよう気をつけて、見つけた彼女の方へ向かう。

その声に反応して、彼女がゆっくりと振り向いた。
ばさり、と、黒髪が風に揺れる。


「うー。髪が邪魔だ」
「瑞夏さん、髪結べば良かったのに」
「ここまで伸ばしたの初めてだから、うまく結べない・・・」
「なるほど」


彼女が座る片隅のベンチへ辿り着き、彼はその隣へ座った。


「はい、ご所望のホットドッグ」
「さんきゅ。雪斗は食べないの?」
「うん」
「そ」


彼から受け取ったホットドッグへ、彼女は躊躇せずに噛り付いた。
その豪快な様子に笑んで、彼はペットボトルのお茶を片方渡してやる。


「はい」
「んーありはほ」
「慌てて食べなくても大丈夫だから」
「んぅ」


また、風が吹いた。
それで掻き乱される黒髪に頬をくすぐられて、彼女は僅かに眉をしかめる。

聡くそれに気付いた彼は、何も言わずに空いた手でその髪を梳き、そのまま抑えてやった。
驚いた顔で、彼女は隣を見遣る。
それに対して彼は首を傾げると、再び視線を前に戻し、屯す飛行機達に目を細めた。

彼女もつられるように真正面を向き、ホットドッグを齧る。


遠くで、離陸する機体がいた。
自然とそれを目で追い続ける。

青に溶けるそれは、点となり、そして視界から消えた。


「いってらっしゃい」


知っている人間が乗っている訳でも無いだろうに、彼はぽつりと呟く。


「いってらっしゃい、かぁ」


反応して、彼女も呟いた。

その言葉で思い出すのは、いつかの春、見送る背中。
確か、桜の蕾が綻び始めた頃だ。
意地を張って言わなかったそれを、後悔することになるなんて思いもせずに。


「言えなかったなぁ」


言葉に滲んでしまった気配に、彼は再び気付いた。
背中に落ちる黒髪を押さえていた手を外し、そのまま頼りない背中を優しく撫ぜる。


それに甘えるように、彼女は頭を彼の肩へ預けた。
背中を撫ぜる手は、それでも止まらない。


そして、お互いの思考が、別々に沈んだ。

彼女はいつかの春へ。
彼は、いつかの秋へ。


一緒に行く筈だった、修学旅行。
沖縄か、北海道かのアンケートを配られた瞬間、何故だろう、絶望の端っこに触れた気がした。


校庭の真ん中、何処かへ向かう飛行機の小さな姿を見付けて微笑みながら、呟いていた。
飛行機に乗るの、割と好きだな、と。

修学旅行はきっと沖縄か北海道だと告げると、その顔が嬉しそうに笑んだのを覚えている。
離陸する時、怖がってしがみ付いてくるなよ?そう言った、あの、悪戯げに輝いた瞳。

そう言った相手の不在が。
そのアンケートで、ようやく身に染みたのだ。


隣に在る体温へ擦り寄るように、耳元にある頭へ頬を擦りつけた。

互いが互いを補おうとして、余計に何かが欠けているのは知っている。
それでも尚、このままでいることを望むのは愚かなのかもしれない。


「さむ・・・」


小さな呟きで、彼の思考が浮上した。
手を置いた背中が、微かに震える。


「中に、入ろうか」


そう告げたのに、隣の体温は押し付けるように近付いてきた。


「・・・まだ居る」
「ん。いいよ」


傍から見れば仲の良い恋人同士のようである二人は、けれど決して甘やかな関係ではない。


「風邪、ひかないようにね」


ただ一人を想い、傷を舐め合うだけに隣を歩く。
果たしてその向かう先が、何処なのかも分からずに。







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