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悪い魔法使いは、健やかに眠るその赤子へ呪いをかけました。 それを聞いていた心優しい魔法使いは、それに対抗すべく祝福を授けます。 「いいえ、死にはしません。百年の眠りへ落ちるだけです」 それは、イバラと名付けられた彼が生まれた時のお話。 イバラ姫は、望んで指を錘へ刺す 民の謁見が終わり、王様とお后様は仲睦まじくお庭へ散策へと出ていました。 「見て下さい、綺麗に薔薇が咲きましたよ!」 「そうだな・・・あぁ、ヒバリ。髪に葉がついている」 「あらあら、取って下さいな、サク様」 くすくす笑い合う二人は、とても幸せそうです。 漆黒の髪に淡い紫の瞳を持った凛々しい王様と、同じ髪と瞳の色を持つお后様は、並んで歩いているだけで、まるで一枚絵のようでした。 けれど、突然茂みから現れた影が、その間へ割って入ったのです。 「お父様!お母様!いい加減にして下さいませ!!」 それは、生まれたばかりの時、魔女から呪いと祝福を捧げられた二人のお子様でした。 紫水晶のように輝く瞳、曇り一つない白磁の肌、柔らかく弧を描きながら腰まで落ちた亜麻色の髪、紅を乗せていないのに熟れた果実のような唇。 それはそれは愛らしい、お二人の、 「どうして私に女装させるのですかっ?!それと、年頃の息子の前でいちゃつくのもお止めになって下さい!!」 息子でした。 そう言われたお二人は、示し合わせたように互いの顔を見ました。 そして、ねぇ、と首を傾げた後に目の前の息子へ視線を戻すと、 「だって私、娘が欲しかったんですもの」 「それに、似合うし」 「ねぇ」 「なぁ」 と仰いました。 そう言われた彼は、形の良い眉を思い切り下げ、瞳へ涙を溜めます。 「ご自分達の趣味で息子をこんな風にするなんてっひどすぎます!」 怒れども怒れども、王様とお后様はにこにことそれを聞くばかり。 あぁ、今日も息子が元気で良かったなぁ。それくらいしか考えておりません。 「もう良いです、私家出を致しますっ!!」 そう言うなり、王女の格好をした王子は踵を返し、駆け出しました。 身に付けた淡い緑色のドレスの裾が、残像となって煌きます。 「あらあら、今日も魔法使いさんの所へ遊びに行くのかしら?」 「泊まってくるなら、一度連絡をするよう頼んでおかないといけないな」 その後姿が見えなくなるまで見送ってから、お二人は手を取り合い、再び歩き始めたのでした。 「本っ当にひどいよあの両親っ!なんで僕が女装なんかしなくちゃいけないんだっ」 そう言いながらベッドに突っ伏し泣いているのは、勿論女装をした王子です。 そしてそれを生温かい視線で見守る魔法使いは、被っていたローブを脱いで溜め息を一つつきました。 「イバラ姫、そろそろ諦めなよ。あのお二人は説得したって無駄だよ?抵抗すれば、勅令を使ってでも君にドレスを着せるに決まってる」 「うぅ、だって僕これでも思春期真っ只中の十四歳ですよ?!それなのに、こんな扱いひどすぎるぐれてやりたい・・・」 「大丈夫、君はぐれる意気地さえ無いから」 慰めるようで慰めていない魔法使いは、ぽんぽんと励ますように王子の肩を叩きます。 「いっくんも、他人事みたいでひどいっ」 「だって他人事だもの」 そう告げた魔法使いは、憎らしいほど綺麗に微笑みました。 それを見て怒るのも馬鹿らしくなったのか、イバラ王子は人差し指で両目の涙を拭い、小さく息を吐きます。 「それよりいっくん、前から一つ聞きたかったんだけどさ」 「なぁに?お金とるよ?」 しれっと言われ、王子はがくりと項垂れました。 「僕、よくもまぁぐれずに育ったと思う・・・」 尤もです。 その格好のまま十秒間、王子は落ち着け落ち着けと自分へ言い聞かせました。 そして顔を上げ、再度魔法使いの方を向きます。 「あのね、どうして百年なの?」 「え?」 「だから、眠る時間。どうして百年なの?」 王子は大変聡く、自身にかけられた呪いの事を知っていました。 そして、常々不思議に思っていたのです。 死から逃れる代償の眠りなら、五百年でも千年でも良かった筈です。 それなのに、どうして百年だったのか。 「もっと眠りたかったの?」 「いや、そういう訳じゃないんだけど」 「別に俺なら、十年くらいに短縮できたけど」 「ほらみろ、なのになんで?!」 「んー・・・」 何かを考える風の顔になった魔法使いは、天井へ視線を泳がせました。 そうして悩んでいる間に、彼はえいや、と魔法を使い、王子の座る小さなティーテーブルへ紅茶とお菓子を出します。 王子は喜び、食前の祈りを簡素に済ませ食べ始めました。 その間にも、魔法使いは考え続けます。 そして。 王子のお腹が満たされた時、魔法使いは考えるのを止めました。 「いいよ、教えてあげる。今日の夢をお楽しみにね」 「えぇ、夢に侵入されるのあんまり好きじゃないんだけどなぁ・・・」 「語るよりも見るが易し。さ、分かったら帰る帰る、夕飯を食べてぐっすり眠るように」 「えぇー」 「いいね?」 魔法使いは王子の隣へ立ち、その顔を覗き込みます。 その人を化かすような笑みは心配だけれど、彼が優しい心を持っていることも事実です。 「うー、分かったよいっくん」 「うん、良い子良い子」 くすくすと笑い王子の頭を撫ぜた魔法使いは、その手をとって立ち上がらせてやると、扉の前へと進みました。 「じゃあ、気を付けて帰ってね。これ何処でもドアだけどさ」 「?はぁい、ありがとういっくん」 そう言った王子は、いつものように自身の部屋を思い浮かべてから扉を開けます。 するとびっくり、扉の向こうには王子の私室になっていました。 そちらへ足を踏み出し、後ろ手に扉を閉めます。 そしてそれに寄りかかった王子は大きな溜め息を一つついてから、夕食へ向かう為に、廊下へと続く扉を開けたのでした。 その夜、王子は魔法使いの言った通り、夢を見ました。 そして、翌日。 自ら錘へ指を刺した彼は、百年の眠りへと落ちたのでした。 |