あのね、あのね。


ささやかだけど、夢があるんだよ。




祈りにも似た願い






する事があまり無いから、マニキュアを買ってみた。
桃色のそれを丁寧に足の爪へ塗っていると、紫色の瞳がこちらを覗き込んでくる。


「マニキュアですか?」
「うん、そう。たまには良いかなって思って、買ってみたの」


やけた畳の上に置かれ、冬の日差しに照らされる指を見ながら、彼は目を細めた。


「綺麗な色ですね」
「ありがと」


ぺたり、ぺたり。
桃色をひたすら塗り続ける。

その隣で彼は寝転がり、肘で顔を支えて雑誌を読んでいた。
ぱら、とページの捲れる音と、吹いた風のひゅるりとした高い音が、静かな世界に時折ひびく。


全ての爪を塗り、トップコートも終え、届かないとは思うけれどふーふーと息を吹き掛けながら横目で彼を見遣るる。ちょうど雑誌で遊園地特集をしているらしく、楽しそうに微笑んでいた。


「遊園地、好きなの?」
「行った事は無いのですが、楽しそうだから好きです」
「勿体無い!アタシは遊園地、だーい好きだよ!」


隣に寝転がり、同じようにして肘で顎を支えると、開かれたページに掲載されている乗り物を指差しで言う。


「このジェットコースター、景色も良くて凄く風が気持ちいいよ。あとね、」


それからしばらく話し続けしまい、彼はその間にこにこしながらじっと話を聞いてくれた。




気付けば手が痺れていて、ばたりと畳みの上に倒れる。
それから窺うように彼の顔を見上げ、ごめんね、と言った。


「何がですか?」
「だって、どうでもいいような事、いっぱい話しちゃった」
「そんな事ないですよ。たくさんお話を聞いて、行きたいなって思いました。ありがとうございます」


やっぱり彼は優しい。
その真綿のような言葉に心が包まれて、最後にもう一つだけ、付け加えるように言う。


「あのね、夢が、あるの」
「夢、ですか?」


うん、と突っ伏したまま頷いて、視線を窓の外の空へ泳がせた。


「あのね、あのね、」
「はい」
「自分の子どもと一緒に行って、きゃあきゃあ騒ぎたいの」


紫の瞳が、きょとんと丸くなる。
そして意味を理解したのだろう、それはそれは温かく微笑んでくれた。


「素敵な夢ですね」


こうして肯定して貰えるだけで、涙が溢れそうになる。

もうきっと、叶わない願い。
とてもささやかで、けれど誰にも言えなかったそれ。


誰かに茶化されずに聞いて貰える事が、こんなにも幸せなことだなんて。
知らなかった。

へへ、と照れ笑いしてから、彼を見遣る。


「ぜったい一緒に、遊園地に行くんだ」


自分でもおかしなくらい、自然に笑えた。


「叶えてくださいね」
「ふふ、でも、無理だよ?」


この命は、彼にあげるものだから。
もう、赤ちゃんを産むことも、その子と一緒に遊園地へ行くことも、できない。


「こうして聞いて貰えただけで、いいの」


ただ、微笑む。
彼の顔が、歪まないことを祈って。





また風が吹いて、窓ガラスが揺れる。
清潔に掃除された畳はとても心地よくて、そのまま眠ってしまった。


温かな冬の日。
アタシに幸せをくれた彼の隣でまどろみながら、夢を視た。





お団子に結った黒髪へ、赤地に白い水玉模様のリボンをつけたアタシ。
相変わらずのくしゃくしゃ癖っ毛を髪に弄ばれながら、目尻に皺ができるくらい微笑む彼。


硬く繋いだ大きな左手と小さな右手。


一緒に歩く、遊園地。


あぁ、自分の子どもとは無理だったけど、アナタとは一緒に来れたんだね。
それだけでも、十分、幸せよ。





「起きて下さい」


呼ばないで。


「夕飯の支度ができましたよ」


起こさないで。


幸せな夢の中に、ずっと居たいの。
叶わない願いも、届かない祈りも、もう、見たくないから。




「ユリさん」





(でも、アナタに呼ばれるのはスキ)