spring lost






「あの、」


死ぬのを止めてくれるのだろうか。
もしそうだったとしても、アタシはもう、生きている意味も価値も無い。


けれど、その人が次に発した言葉は、予想外のものだった。


「捨てる命なら、僕にくれませんか?」








あの子が、彼女を身籠る前。
あたしは呼び出され、そして願われた。


どうか、どうか、アタシの産む子どもは、彼の傍で生きれますように。








「まずは、あなたの名前を聞かせて下さい」


細められた瞳が、朝の光の中でとても優しい。


昨日から、一体どれくらいの会話をしたのだろう。
言葉を受け止めて貰って、投げ返して貰う。

そんな単純な行為なのに、とてもとても久しぶりの事だった。


「アタシは、」


名前を聞いて貰ったのも、一体いつ以来だろう。
そんな事を考えながら、答えた。


「百合よ」


百合さんですね、と、まるで慈しむように、彼は名前を呼んでくれた。








けど、今はほんの少しだけ分かる。
あれが、あの子の愛し方だったんだと。


あぁ、もう本当に不器用ね。
そういう子、大好きだからしょうが無い。








「いいよ


 アタシの命、あげる」








叶えてあげるわ。
不器用な、その願いを。


だって、あたしはその為に呼ばれたんだもの。








「どうして、どうして、どうして?!


 アタシの命、貰ってくれるって言ったじゃない!!ひどい、ひどいよ!!!」


悲しそうに、伏せられた睫毛。
けれどすぐに、深い紫の瞳がこちらを見据える。


「生きたいと、願う人から。命を貰えるほど、僕は強くないんです」


くしゃり、と、情けない笑顔。
ずるいよ。このタイミングで、そんな風に笑うなんて。


だったらアタシは、どうすれば良いの。
泣き止めないアタシは、どうすれば良いの。








でもね、これだけは覚えてて。


あたしが願いを叶えにきたのは、あなたが幸せでいて欲しかったから。








「願いを叶えて、悪魔。


 アタシはもう、幸せになれなくたって良い」








あなたが放棄したのなら、あたしがその分も祈るわ。


あなたが幸せで在りますように。
悪魔だって、神様に祈っても良いでしょ?





茨の冠 幕前、準備中です。

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